今朝も、3時前に起きて、ブログ開始。
今日も行ってみよう
バイク、バイトときて、あとの大学生活は、友人達か。
大学に入って、クラス分けがあった。第一外国語で括られた学級でその単位で、行動する事が多かったので、自然とその中で友人関係ができてくる。すぐに4〜5人のグループができて下宿を往復したり、酒をんだり、遊びに行ったり、いろんな事があった。後半はクラス以外にも交流が出来て交友関係が広がった。今でも年賀状交換だけだが、みんな元気だろうか。同窓会はやっているのだろうか。卒業して直ぐに、椿山荘で熊大同窓会があった。その頃は、参加者はオッサンばかりで、若者は近づき憎かったが、今は逆の立場で、是非参加してみたい。
大学時代は、24時間使って、稼いで、遊んで、ちょっと勉強して、充実した毎日だった。
4年になって就職活動が始まる。会社訪問が本格的になる前、7月初旬に大阪・東京の会社の先輩を訪問した。何となく商社を志望していたので、日商岩井他、幾つか回ったが、熊大の先輩はあまりいない。会社に入ってのちに商社の人たちと仕事する機会ができたが、自分はメーカーでよかったと思った。
金融関係の採用活動が早く、証券会社から早々と内定をもらった。二度程、大阪に呼ばれて半ば接待を受けたが、最終的に断って今の会社に入った、やはり、金融は向いているとは思わず正解だったと思う。
証券以外で内定が早かった今の会社に入社を決めた。一次面接は熊本出張所の事務所で行い、福岡支店の総務課長が面接官だった。二次面接は、福岡支店で面接、面接官のトップは人事部次長、当時の教育課長と目が会い印象的だった。福岡の支店は大名にあり、面接試験の帰りに天神をぶらぶらした時、綺麗な女性が多いとびっくりした記憶がある。田舎者だった。
この会社には私だけが内定をもらい。会社そのものはあまり知らなかったが、まあいいだろうと入社を決めた。まだ8月初旬だったと思う。それからは、偶に会社説明会を覗く程度だったが、キャノン販売に行ったらすぐ内定をもらった、随分と人が欲しいみたいだった。今、親戚(妻の従兄弟)が勤めている。
就職も決まり、授業も週一限とくれば後はバッチリ稼いで、遊びまくるに決まっている。バイト、バイクに明け暮れた。最後に自動車免許もとって中古車も手に入れた。
楽しい大学生活も終わりに近づき、3月に卒業式を迎えた。
3月もギリギリまで熊本にいて、そのまま会社の入社式に向かったと思う。
さて今日はこれ位にして、朝散歩に行ってきます。